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2009年5月 7日 (木)

孤独の別の名は・・・

 
胸がぎゅっと締め付けられるような感覚・・・
 
躯の奥、底の方から溢れ出して来るような甘いしびれ。
 
 
この感覚は、一体どう呼べばその名足り得るのでしょうか。
 
 
・・・気が付けば、私はその感覚ばかり求めている様な気がします。
 
 
意識していても、していなくても。
 
下世話にも、気高くも。 

その場しのぎでも、先の見えないぐらい永い時間も。
 
 
恋に求める時も、
 
絵画の世界に求める時も、
 
建物の佇まいにも、
 
鳥や花に、
 
風や山々の峰の連なりに、、
 
 

ほぅ、と溜め息をつきたくなる様な、うっとりする時間。
 
 
人は昔からそれをその場にあわせて相応しいよう、様々に呼んできました。
 
 
愛、慈しみ、美、悦び
 
または
 
孤独、哀しみ、切なさ、、
 
 
たくさんの言葉も、たくさんの物も、たくさんの出来事も、
 
すべてはそれの別の名前。
 
 
人を愛する心も、音楽も、絵画も、彫刻も、舞踏も、演劇も、
 
人を憎む心も、いさかいも、裏切りも、戦争も、、
 
 

どちらも同じこの躯の奥底から溢れ出る何かから生まれる。
 
 

それを果たして、
 
その溢れ出た儚いものをよく見つめ、慈しみ、大切にし、誇りを持つか、
 
その儚さに恐怖を覚え、多くを望み、見つめもせず貪るのか、、
 
 

今、私はどちらを望んでいるのだろう・・・?
 
 
きっと前者でありたいと頭では思うのである。
 
でも、果たして胸の奥底では何を願っているのだろうか。。
 
 
ただ、前者だけでは物足りない、何かを感じているのも事実。
 
 
狂おしいほど何かを求める時だって、あるのだから。
 
 
そんなひとつひとつから目を逸らさず、
 
それでも光を求める心を持ち続けられたら、、
 
 
最近、五線に向かうとそんな事が、当て所もなく頭をよぎります。
 
  
 

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