孤独の別の名は・・・
胸がぎゅっと締め付けられるような感覚・・・
躯の奥、底の方から溢れ出して来るような甘いしびれ。
この感覚は、一体どう呼べばその名足り得るのでしょうか。
・・・気が付けば、私はその感覚ばかり求めている様な気がします。
意識していても、していなくても。
下世話にも、気高くも。
その場しのぎでも、先の見えないぐらい永い時間も。
恋に求める時も、
絵画の世界に求める時も、
建物の佇まいにも、
鳥や花に、
風や山々の峰の連なりに、、
ほぅ、と溜め息をつきたくなる様な、うっとりする時間。
人は昔からそれをその場にあわせて相応しいよう、様々に呼んできました。
愛、慈しみ、美、悦び
または
孤独、哀しみ、切なさ、、
たくさんの言葉も、たくさんの物も、たくさんの出来事も、
すべてはそれの別の名前。
人を愛する心も、音楽も、絵画も、彫刻も、舞踏も、演劇も、
人を憎む心も、いさかいも、裏切りも、戦争も、、
どちらも同じこの躯の奥底から溢れ出る何かから生まれる。
それを果たして、
その溢れ出た儚いものをよく見つめ、慈しみ、大切にし、誇りを持つか、
その儚さに恐怖を覚え、多くを望み、見つめもせず貪るのか、、
今、私はどちらを望んでいるのだろう・・・?
きっと前者でありたいと頭では思うのである。
でも、果たして胸の奥底では何を願っているのだろうか。。
ただ、前者だけでは物足りない、何かを感じているのも事実。
狂おしいほど何かを求める時だって、あるのだから。
そんなひとつひとつから目を逸らさず、
それでも光を求める心を持ち続けられたら、、
最近、五線に向かうとそんな事が、当て所もなく頭をよぎります。
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