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2008年12月

2008年12月31日 (水)

音楽と言葉

 
音楽は名前がつく以前の細かなニュアンスを表し、
 
言葉はニュアンスに普遍的な名前を与えます。
 
 
どちらかの表現がどちらかによりかかるのではなく、
 
互いに独立した表現として成り立っているからこそ、
 

そのふたつが集まった時に、
 
ひとつの時では見えなかった世界が見えて来ます。
 
 
これは、人間と人間の関係においても言えることかもしれません。 
 

芸術は、人間の営みそのものです。
 
 
 
今年の9月にこのブログを立ち上げ、早3ヶ月が経ちました。
 
  

思考を言語化する
  

ということは、
  

思考を研ぎすませる
  

ということであり、
  
 

音楽を作るという作業は、

手に取って確かめられるものではないということもあって、

意識下の名もない感情の豊かさと、それを表す思考の力が
ダイレクトに作品のクオリティーに反映されるため、
 
 
その大切さを痛感しました。 
 
 

来年もしっかり更新していきたいと思いますので、
どうぞ温かい目でお見守りくださいませ;照☆
 
 
・・・そんなこんなで今年ももうそろそろで終わりますね。

今年一年は本当にたくさんの方々のお世話になりました。 
 
本当にありがとうございました。
  

どうぞよいお年を!☆


 
 
 

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2008年12月30日 (火)

ゲシュタルト性を逸脱する

 
ある日、洗濯ものを干していた時のこと
一匹の虫が足下を這っていくのを見つけた。
 

我が家はまわりが草むらなので、
ちょっとした虫には慣れっこだが、

少しばかりグロテスクなやつだったので、思わず足がすくんだ。
 
 
虫をみた時の「う゛わッ」という感じ、誰もがあのイヤ〜な気分は感じたことがあると思う。
 
  
 
虫といえば毒を持っていたりするから、
多分あの逃げ出したい気分は危険を察知したときの脳のシグナルだろう。
 

そんな原始的な感情から、ある光景を思い出した。。
 
 

それは同じく虫を見ていた時だった。

家の前のコンクリートの壁に、
なんだかわからない虫が大量にへばりついていて、

最初それが何なのかわからなかったが、
虫だと気づいた瞬間、身の毛がよだった。
 

しかし、なぜか目をそらすことができない。
 

その無数の虫たちは、
 
どうやらある一定のリズムに従って動いているらしい。
 

なんとなく見入っていた。
 
 
しばらくすると、
その一定のリズムはどうやら、2つのグループに分かれていることがわかった。
 

  
ひとつがパッと動いて止まる。
 
するともうひとグループがまた
 
パッと動いて止まる。。 
 
 
交互に行なわれる点滅
 
 
すると、

その一定のリズムを乱す動きがあることに気が付いた。 
 
 
どうやら点滅している虫とは他の種類の虫らしい。
 
 
交互に行なわれる点滅のその真っただ中を
 
ゆうゆうと横切っていく軌跡。
 
 
 
そんな家の玄関先で見つけた光景を
 
ひょんなことからふと思い出し、
 
 
私は

「関係性とはこういうことか。。」
 
と一人納得した。
 
 
 

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2008年12月26日 (金)

音楽と数学

 
少し前の話になりますが、
 
先日の演奏会で初演しました弦楽四重奏の

楽譜を提出し終えた11月のある日、

帰り道に
駅の本屋さんでコレを買いました。

オトナのための算数・数学やりなおしドリルBookオトナのための算数・数学やりなおしドリル

著者:桜井 進
販売元:宝島社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


たけしの誰でもピカソや、インド式計算などでご存知の方もいらっしゃると思います、
サイエンスナビゲーターの桜井進先生の本です。
 

桜井先生は、以前私の大学の講義にゲスト講師としていらして、
 

「雪月花の数学」という講演をされました。
 

わたしはその授業は登録していなかったのですが、

友達に「この授業はゼッタイみんみんにあってると思う!」

と勧められて聴講したのでした。


映像や音楽を駆使して、数式の中に広がるドラマを物語る桜井先生。

横に居た友達曰く「となりで私がパーッと何かに目覚める」のがわかったそう。笑
 

その日の講演は、

πのはなしに始まり、古今東西の数学者のはなしや、

そして黄金比と白銀比についてといった内容でした。
 
 

そう、このブログの副題にある「白銀比」についてです。
 

わたしが白銀比をつかって曲を書こうと思ったのは、この桜井先生の講演がきっかけでした。

その講演から数ヶ月、わたしは苦手な数式と死闘を繰り広げたわけですが。。ははは。
 
 

・・・それで、思ったのです。

曲を書いてるときの、あのなんとも言えない気分、

これは、

数学の問題を解いている時に、手詰まりになって
あーでもないこーでもないとやっているときの気分と極めて似ていると!
 

よく、
音楽を作るには数学ができなきゃね、
とかは聞いてましたが、

そしてわたしも、

「きっと数学的な考え方が必要なんだろうな」

とは思っていましたが、
 

ここに来て急にその必要性が身に迫って来ました。
 
 
 
なんで算数、数学がニガテな人が多いのかといったら、

「ワケがわかんない」という理由だと思うのですが、(私もそうでした★)
 

この「ワケがわかんない」という状態は、
人間の脳に非常に不快感をもたらしますね。。

一刻も早くその状態から抜け出したくなるものです。
 
 
ただ、まぐれで(笑)出来るかどうかわからない問題が、
ツルッと解けた時は、なんともいえない爽快感があります。
 
 
茂木健一郎さんの著作で
強化学習についての項目を読んだ時、
「なるほど〜、アレがソレか!」byオリベ@KKP#5
と思いました。
 
 
出来るかどうかわからない勝敗五分五分の問題に取り組んで、
文字どおり苦行(笑)の果てにその問題をクリアすると、
脳からドーパミンが出て、その前にやっていた行動が強化されるそうです。
 

それで、作曲に話しは戻りますが、
この苦行状態が、非常に似てると思うのです。
 

実際に数式も使ったりするので、
直接的に必要でもあるのですが、

この数学的思考法、

つまりワケがわかんない状態の耐え方、突き抜け方を身につければ、

自分の現状をもう一段階引き上げることが出来るだろうと思いたったのです。
 
 

音楽はまた、建築物にもよく例えられます。
 
大きな建造物になればなるほど、設計がしっかりしていなければちゃんと建ちませんし、
 
また、変わった形にしたかったら、それなりのロジックが必要です。
 
 
音楽も編成や時間の規模が大きくなるほど、
しっかりとした土台、ロジックがなければ最後まで作りきることが出来ません。
 
 
ともすると、作曲する人(特に若ゾー←私のこと)はロジックに振り回されてしまいがちですが、

このロジックをしっかりと自分で制御して、
音楽的表現として昇華させることが出来れば、
そのロジックはその人独自の音楽語法となるのです。
 

最後に、その桜井先生の講演で先生から直接サインをいただいて購入した本を紹介します。

今回の曲はこの本を参考にしました。
 
数式のなかに日本の自然、日本“らしさ”を見ることが出来ます。


 雪月花の数学 日本の美と心に潜む正方形と〔ルート2〕の秘密 雪月花の数学 日本の美と心に潜む正方形と〔ルート2〕の秘密
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セブンアンドワイで詳細を確認する

 
 

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2008年12月25日 (木)

“おわり” を 感じる

 
演奏会も無事に終わり、
年内の行事はひとまず終了したので、
 
先日またまた滑り込みで(笑)
 
 
『おくりびと』
 
 
を新宿のジョイシネマで観てきました。

ここを含めほとんどの映画館はもう終わってしまったようですが、

まだ新宿のピカデリーなどでは上映しているようです。
 
 
きっと地上波ですぐに流されるだろうと思い、
それでもいいかと思っていたのですが、 

 
ほぼ日でのモックンと中沢新一さんと糸井さんの対談を読んで、
 
やっぱ劇場に観に行かなきゃ!
 
と行ってきたのでした。
 
やはりこの映画は、
時間を作って、お金を払って、わざわざ足を運んだほうが、
圧倒的に入ってくるものが違うだろうと思いました。
 

迷っていらっしゃる方はもちろん、
ちょっと気になっていた方も、
是非足を運ばれることをお薦めします。
 
 
私がそもそもこの映画が気になったきっかけは、
 
今年亡くなった祖父の葬儀の際、
モックンとちょうど同じぐらいの年代の
若い納棺師の方に、祖父を見送る支度をしていただいたことでした。
 
 


この作品、今年上映されたことには、
ほぼ日の特集でも言われていましたが、
なにか人の力を超えた大きなものが働いていた様に感じます。
 

 

ほぼ日で
 
“永遠に生きるかのように学べ。明日死ぬかのように生きろ。”
 

という言葉を知り、
これが折に触れて頭に浮かんで来るのですが、
 
12/20のほぼ日手帳の今日の一言はこれでした。
 
 
いままでわたしは
 
明日死ぬかのように生き、永遠に生きるかのように生きてしまっていて、
 
じぶんでも、いかんなぁと思っていたのですが、
 

 
そんなことは、
身近な人が亡くなるのを見送るようになって
いとも簡単にくるっとひっくり返りました。
 
 
当然のことなのですが、

今は、
 

「人はいつか死ぬのだなぁ
 
そしてそれは、いつ来るのかその時にならなければわからない
 
もしかしたら、それは次の瞬間かもしれない。」
 
 
単純に、事実としてそう思います。
 
 
 
死というものをあまりにも神格化しすぎてしまったがために、
 
なんだかたいそうな誤解が生まれてしまったのではないかという気がします。
 
 

当たり前のこと。
 
 
でも、

当たり前なことほど、たいせつなものもまた、ない気がします。
 
 


 

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2008年12月24日 (水)

調律と整体


冬休みに入り、
実家に帰って来たので、

すぐにピアノの調律を頼みました。
 
 
調律師さんが

ポーン、ポーン
 
と一音ずつていねいに合わせていくのを聴いていたら、
 
音がすーっとあっていくのと同時に、
こころがすーっと楽になって目の前が明るくなるので、
 
 
「相当ズレてたんだな(笑)」
 
と思いつつ、
 
なんかこれ、前にも似た感覚があったなぁと記憶をたどっていくと、、
 
 

整体に行った時と一緒だなと思いました。
 
 

楽器をやっていると、
どうしても同じ姿勢を長時間続けることになるので、
身体のいろんなところがツラくなってきます。。

最近、
ヴァイオリンの友達に学校の近くの整骨院を教えてもらい、
通い始めたのですが、
 
 
施術が終わって立った瞬間はいつも、

身体がかるくなり、目の前が明るくなるので、
 
 
「相当凝ってたんだな(笑)」
 
と思います。
 
 
 
どっちも
 
 
“調整する”
 
 
ということには変わりないからなぁ。。
 
 
と、ひとりで共通点を見つけておもしろがっていたのですが、 
 
 
 
知らず知らずのうちにクセとかのせいで、いろんなところがゆがんでくるんですね。
 
でもちょっとずつだからなかなか気が付かない。
 
 
たまに
 
もともとあった位置

にもどすということは

何ごとにおいても大事なことのような気がします。
 


・・そういえば今日はクリスマス。
 
全然クリスマスと関係ない話題だったな〜。。

早いですね〜もう今年が終わろうとしています。
 
 
・・あぁそうだ、フルートの調整にもいってこなきゃな〜。


なにはともあれ(笑)よいクリスマスを!
 

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2008年12月23日 (火)

ベートーヴェンは、忙しい。

年末はあちこちで第九をやりますが、

もしあの世というものがあるのなら、
 
ベートーヴェン先生はこの現象をどう見ているのでしょうか。。
 
 
「そこは、もうちょっとこうやって・・!」
 

とかやっぱり思うのかなぁ。。
 
だとしたらたいへんだよなぁ、、
 
 
、、、な〜んて、他愛もないアホなことを(笑)
 

演奏会も終わって、
完全な思考停止状態のわたしは

ぼんやり とりとめもなく

思うのでありました。 
 
 


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2008年12月21日 (日)

演奏会

今週の始め
このブログでも時々取り上げていました
弦楽四重奏の演奏会が御蔭様で無事終了いたしました。
 
 
お忙しい中ご来場くださいました方
 
制作から上演までお力をお貸しくださいました方々
 

本当に本当にありがとうございました。
 
 

すぐにでもお伝えしたかったのですが、
終わったあとしばらくは頭の整理がつかず、
 
書き出しては消し、、を繰り返していました。
 

 
作曲者というものは、
本当に不思議な立場だなぁと思います。 
 
演出家の人に近いかもしれません。
 
 
上演のその日まで、
先頭に立って作品の全体像を徹底的に追及するのに、
 
当日はなにもすることができません。
 
 
結婚式のあとの親御さんの気持ちってこんなかんじなのかなぁ。。。
 
 
と、ホッとしたような、うれしくもさみしいような、
 
まだなんとなく終わった気がしないような、、
 
なんともいえない気持ちになります。 
 
 
とりわけ今回は、
独自の語法で音楽を構成したので、
とても思い入れの強い作品でした。
 
 
演奏会があると、
本当にたくさんの方々に自分が支えられていることを実感します。 
 
 
これからも良い作品を書いていけるよう精進いたしますので、
どうぞよろしくお願い致します!
 
 

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2008年12月14日 (日)

ゆとりってなに

 
なんかタイトルだけ思いついちゃった。

書いてはみたものの
はて、、何を書こうかな。。


いつも、
こんなふうに気になるフレーズが突然ひょこっと湧いてきます。

で、それをまるで馬を走らせる為のニンジンの如く(笑)
しばらく頭の前にぶら下げ続けてなんとなく考え続けます。
 
・・・それで、今回のお題は
 
「ゆとりってなに」
 
でした。

何かのコピーとかだったのかな?本とかのタイトル?
どこかで見たような気もするのだけど、
はたまた自分で思いついたのか。。
 
覚えてる人がいたら教えてください(笑)
 
 
それで、
お題はこんなふうにモトなんか忘れた頃に、深層心理から、
まるで深海魚がひょっこり浅瀬にでてきちゃったみたいに
ぷかぷかと浮かび上がってくるのです。
 

。。で今日の理由は、、
(日付変わって昨日ですね)
教職の授業ばかりだったからでしょう。きっと。
 
教職の授業をとっていると、
「ゆとり」については否応なしに考えさせられます。

それと、最近忙しいので
肉体的にも精神的にも
ゆとり に対する嗅覚が働いているから、、かな?
 
 
。。う〜ん、、なんのことなんだろう??
 
 
こういう時って、
パズルがあともうちょっとで完成なんだけど、
ココがはまらないんだよな
 
みたいなムズムズする感じなのですが、
 
 
何かのきっかけでピタッとはまると、
ものすごくすがすがしい良い気分が味わえます。
 
ピタッとはまったら、
その時に、いろんなものを見る目が少しだけ、
しかし確実に変わる。
 
 
・・ただ、ムズムズしてる感覚も、けっこう好きです。
 
 
 ということで!

もうしばらく頭の上のニンジンとして、
 

「ゆとりってなに」

にはぶら下がっていてもらいましょう。笑
 

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2008年12月13日 (土)

青山ブックセンターで

水野学さんの出版記念講演を聴いてきました!

今日はある方とも初めてお会いすることができて、
とってもうれしかったです!!


感想を書き出したら際限なくなるので、一言。

「なんかいいよな〜」

デス!(←手抜きじゃないからね。洗練と言って。苦笑)


さすが good design company !


そういえば、いま「O」(オー)をひとつ少なく打ってしまって

god

になった。


“good”からさらに無駄を削ぎ落とすと“god”になる。


・・・なぁんて考えすぎ?

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2008年12月11日 (木)

本番の風景

今日はちょっとした本番があります。

いつも弾いてもらってばかりの私ですが、
今日はわたしが弾きます。

今まで、本番 というものが苦手だったのは、

この独特の(時には吐き気さえしてくる。。笑)
緊張感のおかげだったのですが、
 
「こういう時って、普段の通学路も、いつもと違って見えて、
それはそれなりに いとをかし だよなぁ。。」
なぁんて今日は思ったりしています。
 

、、まぁ今でも苦手は苦手なんだけどね;
 
苦さのなかのかすかな甘味
 
ってこのことなのかな??

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2008年12月10日 (水)

ちょっと力をぬいてみる


「集中しなければ!」
 
と思っているときって、
もうすでにその時点で集中できていなかったりします。。
 
 
いままでずっと長いこと

「集中しなきゃ」のパラドクスに溺れてきた私でありますが、
 
最近ちょっとずつ
 
集中
 
とはどんなものなのか
感覚がつかめるようになってきました。 
 
 
なにかがうまくいかない時というのはたいてい、
なんとかしようとすごく力が入っている状態で、 
力が入ってしまっていることにすら本人は気づかないぐらい、
 
もう頭の中が 「そのこと一色」 に染まってしまっているんですよね。
 
 

最近うちの大学に養老孟司先生が講演に来たのですが、
 
人の五感は、「動き」があってはじめてものごとを感知することができるのだそうです。
 
 

スランプとはよく 凪ぎ の状態と言いますが、
 
心理的な視点がその原因一点に固まってしまっている状態を指す言葉だと思います。
 
 

で、本人は、「動き」がないものだから、
自分はなにもできていないような感覚に陥ってしまう。
 
 
でも実は、何もできていないのではなくて、

“やり過ぎ” であったりすることが、かなりあります。
 

だから、「うわ〜」っと気分がのめっていきそうになった時は、
 
自分が突っ込んで行ってしまってる方向とは逆の方に、視点をちょっとだけずらしてみる。
 
肩の力を抜いて というのは、

こわばって循環の悪くなってしまた心のストレッチをすることです。
 

すると、思考に動きがあたえられて、

具体的な道筋が見えてきます。
 
ここまでくれば、「集中」することができる。
 
 
 
・・・でもこれ、頭でわかっていても、

感覚がついてくるまでにはなかなか時間がかかるんですよね。。
  
 
最初のうちなんて、のめってしまっている状態自体が把握できていなくて
 
「もっとやらなきゃ!」

と焦ってさらにどんどんのめっていってしまう。。
 
 

、、でとうとう抜け出れなくなっちゃうのです。
 
 
ぐいぐいぐいぐいどんどん自分をちっちゃい壷の中、
 
まさに “ドツボ” にはめていって、 
 
もうこれ以上入んない!というところまで来てやっと、
 

 おや、まてよ。。。?
 
 
と、うすうす気が付いてくるといった、

ひじょ〜に厄介なものです。 
 
 
これはその渦中にいる本人にとってはものすごく辛い状態なのですが、
 
ただ、

そんな時にしか気づけないことも、たくさんあったりします。 
 
 

最近、個性個性とよく言いますが、

その中身は、

うつくしさとは真逆の、 

 
こういう、ひとりひとりの血と汗と涙の滲んだ
 
どろくさ〜い努力のことなんだと思います。 

 
 

 
 

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2008年12月 9日 (火)

おくりもの・2

先日「おくりもの」 を書いた時は、
授業前であわててまとめたので;
まだ何か言葉が足りないだろうと思い 続く としましたが、
 
後で読み返してみたらちゃんと書けていたみたいです。笑

ブログを始めて早3ヶ月。。
文章を書く瞬発力がついてきたカモ?!
な〜んて(笑)

・・・なので、
かわりといってはなんですが、
最近気に入っている

“おくりもの”

をひとつ紹介☆
 

キリンビバレッジから出ている

「世界のKitchenから」 シリーズ。

先日
「・・・それに量販店じたいも、
 
“個”
 
というものを考えだしてきたんだなぁと思いました。」

 
と書いている時に思い浮かんだのはコレでした。
  

ペットボトルの見た目もかわいいし、
味わって飲める清涼飲料水です(笑)

(しかも飲み逃すと、新しいシリーズに変わってて手に入らない!)

なんだかあの、
ホームメイドなふわんとした雰囲気が、

女子のハートをくすぐるんですよね;


最近は大量生産の商品にも、
手仕事を感じさせるよう作られたものが増えたと思います。


全体を見渡しながらも、
ひとりひとりを大切にできる仕組みが
求められていることのあらわれ・・

。。。といったら過言ですか。。笑★


 

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2008年12月 8日 (月)

う゛〜!

 
 
寒いっ!





いっかいやってみたかった。
 

一言で綴る魂の叫び(笑)
 
 
 

 
。。。これだけだとやっぱなんなので、、

そんな寒空の下撮った一枚を。Image514

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2008年12月 7日 (日)

代官山

に今日は行ってきました。

(g)でのトークイベントを聴きに。
 
その道すがら奈良県代官山iスタジオに立ち寄りました。
 
私は以前お水取りを聴きに奈良へ行ったことがあるのですが、 

東大寺修二会 ~祈り~

という展示をしていたので、「おお!これは!」
と思い中に入ったのです。
 
お松明がどどーんと部屋の真ん中に鎮座してて、すごくびっくりしました。

展示内容も、配布資料も、とても貴重な内容で、

そんな展示に偶然にも巡り会うことができて、ものすご〜く得した気分で、(g)へ向かいました。
 
 
イベント終了後、渋谷で乗り換えの時に、

岡本太郎の「明日の神話」を観にいったん改札を出て、
 
しばらく渋谷の街と壁画を眺めたあと、ごはんを食べて帰りました。
 
 

アッ、そういえば今日は、奈良も(g)も太郎も、全部タダだったなぁ。。
 
 
全部お金を出してでも、観たい、聴きたい内容だった。
 
 
・・・このご恩はかならず(笑)。
 

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2008年12月 6日 (土)

おくりもの

昨日、家に帰ったら、
机の上におおきなほぼ日の袋が乗っかっていました。


今回の注文は、
来年のカレンダーと、
糸井さんのほぼ日でしか売っていない2冊の本です。



お金を払って「買った」はずなのに、
 
ほぼ日からの小包は、
ナゼかわたしのなかでは“おくりもの”という位置付けにあります。


そんなことに気がついたら、
なんでそう思うのかが気になりだしました。


それで、、
今みたいに量販店がなかった時代はみんなそうだったんだろうなぁ。。
というところに考えが落ち着きました。

昔は、
花屋さんや魚屋さん、ほうき屋さん、、
それぞれの町に、それぞれの分野の「スペシャリスト」がいて、
そういうお店が集まった商店街に、活気があった。

“顔が見える”ということは、
自然と手を抜くということをしなくなります。

誰がマズイ物を売ったかバレてしまうということもありますが、
 
売り手にとっても、
ここで手を抜いたらあの人がきっと困ってしまう
ということが容易に想像でき、
 
さらに、
もうひと工夫すればきっとあの人が喜んでくれるだろうと、
腕の振るいがいもあります。


この「もうひと工夫」を
“おくりもの”と思うのかもしれない。

そう思って最近の身の回りを見渡してみると、

昔からある定番のお菓子の復刻版が出たり、

歴史のある老舗をアートディレクションの力で
今時の人たちにも届くようにしたり、

それに量販店じたいも、
 
“個”
 
というものを考えだしてきたんだなぁと思いました。

・・・というところまできまして、今から授業です。
この話はもう少し続きます。(たぶん。)

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2008年12月 5日 (金)

生きる時間

弦楽四重奏の本番がもうすぐで、
いま奏者の方たちに練習をしていただいています。


みなさんお忙しい中、
練習や合わせに貴重な時間を割いてくださっています。


、、それでふと思ったのが、
私の作ったものを弾いてもらっている時間のぶんだけ、
私は奏者の方の時間の中で「生かされている」ということです。

誰かが、誰かのことを思っているその時間、

思われている人は、
思っている人の時間を使って、「生きている」ことになります。
 

 
だから、肉体的に滅びてしまっても、
ジョン・レノンも、ダヴィンチも、ガンジーも、

そういう意味では、
誰かの時間を使って、
いまだ生き続けているのです。

 
永遠に生き続けるということは、
そういうことなのかも知れません。

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